少し昔の話ですが、4輪のモーターレースでは、国内最高峰の舞台で戦っているカーレーサーが入塾しました。すでにベテランの域にはいる選手でしたが、近年、成績が低迷し、このままでチーム内での立場が危うくなるという危機感が、これまで取り組んでいなかったメンタルトレーニングを始めるきっかけでした。
相談の申し込みフォームにはこう書かれていました。
集中力が安定せず、パフォーマンスにばらつきがある。コンマ1秒をよりクリアーに鮮明に感じたい。個人的には速さをより追及したく、ポールポジションを一番望んでいる。
レース中の集中力にバラツキがあるとのことですが、これは多くのトップ選手に共通する悩みです。トップ選手ほど「自分の良い状態」がわかっているからでしょう。
このカーレーサーへの対応事例を紹介することは、次の点において参考になるかと思いますので、興味のある人は読み進めてください。
- 本番での集中力を安定させる方法
- 呼吸法を、どのように本番で応用実践するのか?
レース中は「考えないで、感じる」が望ましい理由
時速300キロを超えるレースでは、コンマ1秒で何十メートルも進みます。運転中に考える時間はありません。だから、良い運転をするには、考えていてはいけないそうです。
石井塾では、「考えないで、感じること」の重要性を常に強調していますが、彼はその重要性を良く理解しているからこそ、メンタルトレーニング石井塾の門を叩いたそうです。
ドライビングで大事なことは、常に限界にまで、車のポテンシャルを引き出すこと。車のポテンシャルは、走っていく中で、タイヤの摩耗度や空圧、路面コンディションなどによって刻々と変化します。
走っているとき、それをいちいち考えていては、最高の力を発揮できません。それでは遅すぎるのです。考えるのではなく、感じて、無意識に限界を探り続けることが重要です。
調子が良いときには、自然と、どのように次のコーナーを攻めるか、イメージが浮かび、体が勝手に反応してくれるそうです。反対に、調子が良くないときには、このイメージが自然に出てこないし、体がうまく反応してくれなかったり、コースの攻め方を考えてしまっている自分に気が付くそうです。
彼とは、セッションの度に、時速300キロを超えて走る車のドライビングでできるメンタルコントロールについて、いろいろと一緒に考えながら、この「考えないで、感じる」ためのメンタルトレーニング法を模索しました。
本番では考えてはいけませんが、準備のときにはしっかり考えるのです。
レース前の心の状態をレゾナンス呼吸で整える
まず取り組んだのが、レース前に気持ちを落ち着かせること。レース前に心が不安定であれば、それはレース中のドライビングに必ず影響を及ぼします。そのために、レゾナンス呼吸は必須です。
シーズン終盤に入塾し、呼吸トレーニングを開始しましたが、すぐにその効果を実感できたそうです。
ツールを貸して、レース直前に心拍数を測定してもらったところ、なんと150を超えていたそうです。それでは落ち着かないのは当たり前です。
カーレーサーは、レース前の心拍数を80にすることはできませんし、その必要もありませんが(300キロを超える車を運転するのに、心拍数80では無理です)、より低い、適度な心拍数で安定させることができれば、ドライビング中のメンタルが安定するものです。
佐藤琢磨のCMにありましたが、レース前はできるだけストレスは少ないほうが良いのです。
呼吸法で、レース前に気持ちを落ち着かせることの効果はあったのですが、もっと集中力とパフォーマンスを高めるために、それ以上、何かできないか、翌シーズンの準備に向けて準備を始めました。
レース後半に集中力が途切れてしまっていた理由とその対処策
話を聞くと、ドライビングはとても体に負担がかかる(いわゆるGがかかる)ため、何十周もしていると、疲労が半端なく溜まっていくそうです。
このため、ドライバーの多くは、かなりフィジカルトレーニングを重ねているそうなのですが、それでも後半、集中力が途切れてしまうことがあるそうです。
どんなに体を鍛えても、うまく力を抜くことができなければ、結局、疲労は蓄積していくし、集中力を持続させることはできません。
適度に、タイミングよく、力を抜くことができるようになること。それは集中力を持続させ、高いパフォーマンスを発揮するには、体を鍛えることと同じくらい重要なのです。
ですから、レース中に、少しでも力を抜くことはできないか、まず第一段階として、呼吸をコントロールすることはできないか?彼に問いました。
前述したように、レースではコンマ一秒で何十メートルも進みます。そんなレースのさなかに、呼吸法なんてできるはずがない、というのが最初の反応でした。
しかし、よーく考えてもらったところ、ホームストレート(メインスタンドの前の直線)であれば、なんとか呼吸を意識できるのではないかという話になりました。もちろん、ゆっくり5秒で吐いて、5秒で吸ってはできませんが。
その宿題を持ちかえってもらって、その後のレースやテスト走行で試してもらったところ、最初は上手くできなかったり、余裕なく忘れてしまったことも多かったものの、なんとか少しずつはできるようになり、それに伴い、レース中の体の負担が大きく改善していることに気づいたそうです。
そして、慣れてくるにつれ、ホームストレッチ以外でも、サーキットコースのいくつかの場面で、呼吸に意識を向けられるようになってたそうです。そして、その結果として、体力的に楽になり、集中力が持続するようになり、テスト走行でもかなりの記録が出始めました。
つまり、彼はレース中に、できる限りの呼吸のコントロールを行うことで、レース全体の集中力やパフォーマンスのコントロールに成功したのです。
実際、彼の入塾理由であった「集中力のばらつき」の改善も実感できてきました。
イメトレを始める前にシーズン開幕。その結果は?
そして4月に入り、シーズンが始まりました。
レースは通常、月に1度、それも違うサーキットで行われます。マシンの調子も、天気も、タイやコンディションも毎回違うので、その準備としてのメンタルリハーサルが特に重要です。
ただ、シーズン前には合宿やテスト走行などで時間が通塾することができず、メンタルリハーサルの指導ができていなかったので、シーズンが始まってから、このメンタルリハーサルを中心に指導を行い、1つ1つのレースで本来の力を出し切って、ポイントを重ね、年間王者に返り咲く計画でいましたし、それが十分に狙える位置にいる選手でした。
そして迎えたシーズン初戦。素晴らしい走りを見せてくれました!
しばらく調子を崩していたこともあり、レース中継では何度も「○○選手復活!」と解説者が言っていたのが印象に残っています。本人も十分な手応えがあったでしょう。
しかし…、それでパフォーマンス改善の目的が達成できたと思ったのでしょう、そのあと多忙を理由に、セッションに来なくなりました。
当時はまだオンラインは一般的でなく、遠征の合間に来塾するのは確かに大変だったとは思います。
残念なことに、そのシーズンは結局、初戦がベストフィニッシュで、そのあとは、レース途中まで上位にいても、不運やミスが起こり、なかなか上位に食い込むことができないで終わることが続きました。そして翌年も同じ感じでした。
シーズンに入ってから、よりリアルにサーキットをイメージして、レース本番に向けた準備をするつもりでいたのですが、結局それができなかったことが、最後の詰めを欠くようなレースが続いてしまったのではないか?と推察しています
レースをイメージする力は、たとえ彼のような一流レーサーでも、すぐに習得できるものでもはなく、地道に少しずつスキルとして高めていくものなのですが、イメージの重要性は伝えてあったので、恐らく単純な成功イメージを自己流でしてしまったのではないか?とも推察しています。そして不運なアクシデントに対して、感情的に対応してしまったのではないかと思います。
いずれにせよ、もう少し地道に続けていれば、それ以降の結果は違ったはずで、とてももったいなかったなというのが正直な本音です。
年間を通して、様々なサーキット会場で試合が行き、年間トータルでの成績を競うモータースポーツは、石井塾のメンタルトレーニングで効果が出やすい競技です。ぜひ一歩を踏み出してほしいと思います。