イップスとは「特定の場面でだけ、体が固まったり、おかしな動きをする」症状のことです。ゴルフにおいては、パターイップスがよく知られていますが、ドライバーでもアプローチでもイップスは起こります。
このページは、イップスに苦しむプロゴルファーや上級者との対話やラウンドを重ねて得られた知識と、日々の研究とコーチング指導から考察したことをまとめています。
ゴルフでイップスに陥るパターンを理解すれば、その解決の糸口が見えるはずです。本気でイップスの克服を目指しているゴルファーは、ぜひじっくりと読み込んで、自分なりに対処法を試してみてください。
週刊ゴルフダイジェスト誌で連載されている人気ゴルフ漫画「オーイ!とんぼ」第347-348話において、当サイトで提唱している「アプローチイップスの原因と対処法」の一部が紹介されました。
※とんぼがイップスになるのではなく、試合で同伴の女子プロがイップス持ちで、専門家に相談するという設定のなかで、当サイトのアドバイスが引用されました。
ゴルフイップスとは何か?
- ショートパットで手が動かなくなる
- ダウンスイングに入ると、体が嫌がって勝手に止めてしまう
- アプローチだけ勝手にパンチが入り、コントロールできない
- アドレスで体が固まってしまい、テイクバックできない
これらが典型的なゴルフイップス症状です。
このようなイップス症状に悩むゴルファーは、その特定の場面が近づくだけで、心臓がばくばくし、手が震えたり、手に汗をかくようになります。
アドレスでは、失敗するイメージで頭が一杯になってしまっています。失敗したらどうしようという考えで頭が一杯のままスイングを開始し、そしてイップスが起こります。
はじめはパターだけ、ドライバーだけだったイップス持ちが、他のクラブでも似たような症状を発症してしまうことも少なくないようです。
イップスを抱えていると、スコアをまとめることができないので、ゴルフが辛くて仕方がない状態でしょう。
それまで普通にできた、簡単なことができなくなり、その理由が自分ではわからない。自分の体をコントロールできなくなるのです。
自分の体を思うとおりに動かせないなんてことが、なぜ起こるのでしょうか?その答えはやはり「脳」にあるのですが、その前に、イップスに陥る人に共通するポイントについて、説明したいと思います。
ゴルフイップスに陥るゴルファーの共通点とは?
真面目で几帳面な性格ほど、イップスになりやすいと聞いたことがありませんか?
そういう傾向は多少はあるかもしれませんが、私は必ずしもそう考えていません。しかし、イップスに陥ったゴルファーには、ある共通点があることに気づきました。
下記に紹介する事例は、私がこれまで関わってきたイップス症状を抱えるゴルファーから、イップスになった「いきさつ」を聞いたものです。
どんな共通点は見えてきますか?
事例1
ハンデ8の50代男性は、プロから、アプローチ上達のため、木の板の上にボールを置いて、アプローチ練習をするように指導を受けた。自宅の庭で続け、徐々に上手く板の上からも打てるようになったが、ときどき板を叩いてトップすることがあった。そして、なぜか本コースではアプローチで手が勝手に止まるようになった。
事例2
あるツアープロは、それまで10年以上、ドライバーで悩んだことがなく、レンジでドライバーを持つことはほとんどなかった。しかし、ある試合でドライバーが突然に曲がり、そのあと少し続いた。それ以降、レンジで多くの球をドライバーで打つようになった。レンジではボールは曲がることはなかったものの、試合でのドライバーイップスは徐々に酷くなった。
事例3
ハンデ4の30代男性は、さらに上を目指してプロからドライバーのレッスンを受けた。プロからトップの位置について細かく指導を受けているうちに、どこにテイクバックすればよいかわからなくなり、スイングが崩れてきた。そして、コース上では体が固まり、テイクバックやダウンスイングできなくなった。
事例4
ハンデ10の50代男性は、自宅にパター練習スペースを作り、毎日1.5メートルを沈めるパター練習を開始し、連続カップイン記録も更新していた。しかし、なぜかコースのグリーン上では練習のように打てないどころか、突然ひどくパンチが入るようになった。
あなたもイップスに悩んでいるとすれば、恐らく似たような経験をしているのではないでしょうか?
これまでの多くのイップスに悩むゴルファーに関わった経験からわかったことは、その多くが、イップスに関連する練習をし過ぎることによって、イップスを悪化させたというものです。
もちろん、上記のプロの事例のように、きっかけとしては、ある試合で突然大きなミスをしたといったトラウマを持つ人が多いのですが、それを悪化させるのは、そのあとの過剰な練習です。
専門的には「過剰学習」といわれるもので、イップスやジストニアの原因になることがわかっています。あることを「不必要に」やり過ぎることで、もともと調和的に働いていた脳に不具合が生じて、できることができなくなったり、おかしな動きをするようになるのです。
イップスまでには至らなかったものの、スイング改造が裏目に出て、スコアが全くでなくなってしまったゴルファーは少なくないのではないでしょうか。
苦手なことを克服して上手くなるには練習しかないのですが、ストレス状態で、それを不必要に過剰に続けると、こういったことが起こるのです。
ストレス状態が無意識レベルだったり、「過剰」も「ケースバイケース」なのが難しいところです。
ストレス状態で、あることを過剰に続ける過程の中で、脳の中に変化が生じ、イップスを引き起こすようになります。その変化のパターンはひとつではなく、私が考えるに、大きく3つあると考えています。
- 委縮の条件反射型(トラウマ型)
- マイナスの自己暗示型
- メンタルモデルの神経不全型
それぞれかなり説明が長く、専門的になってしまうので、別ページで詳しく解説していきます。少し難解なところもありますので、興味がある人はご覧ください。
イップス症状は、こうやってさらに深刻化する
パターイップスになったゴルファーでも、多くの場合、最初のうちは出たり出なかったり、出るときも軽いパンチが入るという軽度の症状から始まります。
しかし、それを克服しようと、ショートパットの練習を重ねるものの、コースではまたイップスが出るを繰り返すうちに、不安や焦り、怒りなど強くなり、それがイップス症状をより強くします。
そんなときに、イップスを克服した先輩やプロの教えなどから、「強い気持ちで乗り切る」という精神論を選択することが少なくありません。
軽度のイップスの場合、それで乗り越えられることもあるのも確かですが、反対にマイナスの自己暗示をかけてしまい、さらに症状を深めてしまうことも少なくありません。
例えば、ドライバーイップスを抱えている人が、コース上でイップスを連発した後に、練習場に直行し、ストレートな球を何発も打ち、「練習場では打てるんだよ!」ということを繰り返していくと、知らず知らずのうちに「練習場では打てるのに、コースでは打てない」というマイナスの自己暗示や思考を強化し、イップスをより複雑にします。
また、「今日は絶対に気持ちで負けない。どんなことがあっても自分を信じて、思いきりボールをヒットする」と誓ってティーグラウンドに立つものの、結果はチーピンとなると、「もう絶対に上手くいかない」などと、同じくマイナスの自己暗示や否定思考を強化します。
長くイップスを抱えているゴルファーの場合、こういった様々なことを繰り返しているので、症状がより深刻で、複雑になっているのです。
複雑になればなるほど、その克服は難しくなります。
ですから、イップス症状が出始めたときが肝心で、自らイップスを悪化させないことが極めて重要です。
イップスが出てしまった!悪化させない応急処置とは?
それではどうしたらいいのでしょうか?
これまでみてきた通り、「ストレス状態で、過剰な練習を続ける」ことが、イップス症状を悪化させます。ですから、悪化させないための、基本的な応急処置としては大きく2つです。
- ストレス状態を軽減する
- 過剰な練習を避ける
- たまたま起きたと捉える
1.ストレス状態を軽減する
多くの場合、「イップスが起こる⇒感情の悪化⇒よりひどいイップス」というサイクルになります。
それは1回のラウンド中でも起こりますが(=1回イップスが出たら止まらなくなる)、もっと長いスパンでも起こります(=1年かけてイップスが悪化)。
イップスが起きたときに、感情的になればなるほど、次もイップスは起こりやすいし、あなたのイップスは複雑化しやすいのです。
反面、良い心理状態でいれば、練習量を増やしても問題ないし、イップスも悪化しにくいのです。
ですから、気持ちを前向きに、美味しいものを食べ、友人と楽しく過ごし、日々楽しく過ごすことです。
というのは簡単ですが…、ゴルフが大好きで、そのイップスで苦しんでいるのに、気持ちを楽しくするのは難しいですよね。
ストレス状態を悪くするきっかけは、やはりコースでイップスが起きることです。ですから、イップスが起こることは仕方がないとして、大事なことは、そのときに感情的にならず、淡々とやり過ごすことなのです。
平常心で、できるだけ淡々とやり過ごすことで、少なくてもイップスが悪化することを避けたり、弱めたりすることができます。
平常心でいるためにお勧めなのは呼吸法です。
上記ページで説明した通り、心と体の両面で、平常心ともいえる心理状態を、まずは作りましょう。
ヨガや瞑想ももちろんいいのですが、簡単にできるという点では、呼吸法にはかないません。また、後述しますが、コースでも呼吸法はできますが、ヨガや瞑想はさすがに難しいですよね。
2.過剰な練習を避ける
ゴルフが楽しい、練習が楽しいと感じられていれば、練習量を増やすことは問題ありません。体が壊れない限り、過剰にはならないからです。
ただ、「とにかくこのイップスから逃げ出したい」「ゴルフが苦しくてたまらない」など、なかなか良い心理状態を作れないということであれば、練習量を減らしたり、しばらくゴルフをしない時間を持つ、というのも現実的な選択です。
仕事がどうしても辛いと思ったら、少し休みを入れるのと同じことです。
しばらく休むことでイップス症状が弱くなるということではないですが、気持ち的に少しリフレッシュされれば、新しい視点で、また色々なことに取り組めるようになると思います。
また、少し発想が変わりますが、イップスに関わる技術練習をできるだけ控え、それ以外のことに時間を費やすこともありでしょう。ショートパットのイップスであれば、ショートパット練習はせずに、ロングパットやショット練習だったり、もしくは筋トレというのもありかもしれません。
しかしあくまでも応急処置であり、これでできるのは、自滅的に悪化させることを防ぐことと、軽度のイップスの自然治癒くらいです。
3.たまたま起きたと捉える
シャンクが起きたとき、「どうしよう」「連続しないだろうか」など、不安に意識すればするほどシャンクは止まらなくなりますよね?
それは不安や思考が体を緊張させてしまうからで、「まあたまに出るよね」と考えることができれば、連続する可能性は低くなります。
イップスも同じです。シャンクのように自然治癒はしませんが、なんとかしようと意識すればするほど、イップスは連発します。
イップスは連続するラウンドもあるし、あまり出ないラウンドもあるでしょう。イップスが出てしまったときに「今日は出てしまったな」くらいで捉えることができれば、自分で傷口を大きくしないでみます。
なかなかそうは思えないかもしれませんが、呼吸法と組み合わせると、上手くいくことが多いですよ。
ゴルフイップスの改善に向けてできること
イップスが出たときに、それを悪化させないための方法=応急処置はなんとなくわかってもらえたかと思います。
ストレスで感情的に悪化すればするほど、イップスは悪化する。これに尽きます。
では、イップスを軽減、克服するにはどうしたら良いのでしょうか?
前述の通り、イップスが起こる脳内メカニズムには、主要なものは3つあると私は考えています。
しかし、9割以上のイップスは「トラウマの条件反射型」の可能性が高いと考えるので、ここでは、その場合の改善策について、主に心理的な対処法について説明します。
※アプローチイップスについては、別途詳しく紹介しています。
1.呼吸法
まず私がお勧めするのは呼吸法です。
先ほど、イップスが出たときに、感情を抑えるために行うと話しましたが、イップスが出る局面において、ルーティンの中に呼吸を取り入れることをお勧めします。
アドレスに入るときから、心拍はばくばくし、頭の中はネガティブ思考でいっぱいだと思いますが、それを呼吸で抑えるのです。
イップス(普通のミスショットも)は、アドレスで「もじもじ」すればするほど、その確率は高まりますよね。呼吸法をルーティンの中に入れて、一連の流れでボールを打つようにすれば、アドレスでもじもじすることはなくなります。
それで100%イップスを撲滅できるかといえば、それはできません。しかし、少しずつ減っていく可能性は高まります。
石井塾では入塾したすべてのゴルファーに、宮里藍やアニカソレンスタムも実践したVision54でも勧められている「思考ボックス/実行ボックス」ルーティンに、呼吸を加えた独自ルーティンを指導しています。このルーティンを行えば、アドレスしてから必ず5-8秒でショットするようになります。
2.イメージトレーニング
イップスが起こる場面を、自宅や練習場で事前にイメージし、恐怖を感じる場面や慣れるようにするのです。嫌でしょうが、実際にその場面を迎えたときに、不安や恐怖が少なくてすむので、イップスも起こりにくくなるのです。
これを読んだあなたは、そんなことをイメージしたら、もっとイップスが起こりそうだと思うかもしれません。池ポチャをイメージしたら、実際に池ポチャになるから、そんなイメージをしてはいけないという話を聞いたこともあるでしょう。
もちろん池ポチャをイメージしてはいけません。しかし、池ポチャを回避する打ち方をイメージすることは、池ポチャの可能性を低くします。
同じように、イメージの中で、上手く打てる場面を考えておくのです。
全くイップスが起こらず、気持ちよく打てているのをイメージするだけでなく、「気持ち悪く、心臓もバクバクし、手も震える中で、覚悟を決めて、ルーティン通りに打っていること」もイメージして欲しいのです。
このようなイメージトレーニングは、私が本番不安を抱えるアスリートや演奏家を指導するときに、最も効果を発揮しています。
ただ、本気でやらないと、なかなかスキルとして身につかず、効果を感じる前に挫折してしまう人が少なくありません。
呼吸とイメージトレーニングは、イップスという難敵に立ち向かううえでの、基礎力です。これを事前に高めていくことで、途中で挫折することなく、イップス克服に向けて、いろいろな方法を試してみることができるのです。
呼吸法やイメージトレーニングで心理的安定性を固めながら、あとはよく語られる通り、技術レッスンを受け、打ち方を変えたり、グリップを代えたり、いろいろと試してみてください。
思った通りにならなかったとしても、そこで感情的にならず冷静に受け止められるようになってください。それが結局、改善への近道なのです。
ゴルフイップスを克服するための心構え
ゴルフに限らず、野球やテニスなど、イップスに悩んだプロアスリートが、雑誌などで、「イップスを認めて(受け入れて)から、徐々に改善していった」という話を聞いたことがありませんか?
イップスと認めると、自分に負けたとか、下手の言い訳になると思ってしまうのが、プロアスリートのマインドなのでしょう。だから認めたくない。でも認めてから改善は始まったというもの。
これがなぜ起こるかというと、イップスを受け入れることで、余計な葛藤がなくなり、起こったイップスに対して過剰に感情的に反応しなくなるからです。
そうなると、冷静にその回避策に頭が回るようになるのです。
イップスは間違った脳の学習であり、考え方を変えたり、何かひとつのきっかけで解消することは稀で、本来は、少しずつ症状を緩和しながら、記憶を上書きすることで克服していくものです。
そのプロセスは一定の時間がかかるものであり、一時的に改善していると思えていても、突然悪化したり、再発したりすることも頻繁にあります。
焦らず着実に、そして能動的に取り組むことが極めて大切です。
「今やっていることが正しい」「方向性は間違っていない」
長くイップスに苦しんでいる人であればあるほど、このように考え続けるのは決して簡単ではありませんが、浮き沈みがあったとしても、地道に続けることが、結果的に克服へとつながるのです。
最後に、ぜひ頭に入れて頂きたいことがあります。
イップスでお悩みのあなたは、昔のように不安や迷いもなく、体が思う通りに動かせるようになりたいと願っており、それがイップスを克服することだと考えていませんか?
しかし、実際のところ、一度自分でイップスといえるほどの症状に陥ってしまった場合、それが全くなかったことのようなレベルまで改善することは、正直少ないですし、多くの場合は時間がかかります。
短時間でほぼ症状が消える場合があるとすると、自分でマイナスの暗示をかけてしまっていた場合だけです。
私はこれまで、本当に多くの「あがり症」で悩む演奏家や社会人をメンタル指導してきましたが、その経験から断言できるのは、短期間で本番で全く「あがらなくなる」ということはほぼ起こりません。
あがり症を克服するということは、まずはあがり症状(震え・不安など)が出ても、なんとかパフォーマンスを発揮できる状態に戻すことです。
あがっても、なんとかパフォーマンスができるようになることを繰り返していくことで、あがり症状は少しずつ消えていきます。
ゴルフイップスも全く同じことが言えるのです。ゴルフイップスを克服するとは、イップス症状が全くなくなるものではなく、イップス症状を減らしながら、新しい技能や経験でそれを補いながら、パフォーマンスを出していくことなのです。
そしてさらには、色々と思考錯誤するその過程を楽しみ、何かを学ぶ機会であると思うのです。
「艱難汝を玉にす」という諺があるとおり、その克服過程をとおして、さらにゴルフの上達や、新しいゴルフの楽しみ方や関わり方を発見できれば、イップスになったことも、長い人生にとっては悪くはないはずです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。もし良かったら、Facebookやtwitterなどで拡散してください。
現在、イップスについてのZoomセミナーを企画中なので、ぜひ当サイトをフォローしてください。
また、もしあなたが自分のイップスについて、もっと詳しく知りたいということでしたら、「お試し入塾相談」にお申し込みください。個人相談なので、詳しく話をお伺いして、イップス症状がどれだけ複雑化しているか、どのタイプが強いかどうかなどを判断したうえで、改善可能性を探ります。
もしメディアの方(雑誌やウェブ)で引用される場合には連絡をお願いします。「オーイ!とんぼ」ではその連絡がなく、たまたま私が読者で見つけたものでした。