「イップスは治りますか」と、よく質問されます。
特に、いろいろなセラピーや治療に通ったけれど、結局よくならなかった、という方から聞かれることが多いです。
先に、私の考えを書いておきます。本物のイップスは、治すものではなく、乗り越えるものです。
症状を完全に消すことを目標にするのではなく、症状と付き合いながら、またゴルフができる状態を取り戻す。これが、長年、多くのアスリートや社会人のメンタルを見てきた私の結論です。
なぜそう考えるのか。実際にあった、あるゴルファーの話から始めます。
あるゴルファーが受けた「イップス治療・セラピー」
若い頃からゴルフに打ち込んできた、ある上級者ゴルファーのWさん。
数年前から、ドライバーのダウンスイングにおいて、自分の意思に反してクラブが下りてこなくなるイップス症状が起こるようになりました。
当初はそれをイップスではなく、技術的な問題と認識し、プロのレッスンを受けるなど、技術的な対応で乗り切ろうとしていました。
しかし、徐々に、ドライバーだけでなく、他のクラブでもイップス症状が起こるようになり、ドライバーから9番アイアンにいたるまで、フルショットが必要なほぼ全てのクラブで、ダウンスイングがスムーズにできなくなっていました。
途中で技術的な問題ではないと気がついたWさんは、ネットを検索して、「潜在意識に働きかける」「身体心理的な対処方法で」ゴルファーのイップスを専門的に治療する専門家をみつけ、セラピーを受けに通うようになりました。
有名ゴルファーも何人も通っていたそうです。
そこでのセラピーを何回か受けたあと、あるラウンドで、Wさんは、それまで長くラウンド中に体験したことがないほど、スムーズなスイングができるようになりました。
本人はイップスが治ったと大喜びしたそうですが、それが続いたのはハーフまでで、後半は元に戻ってしまったそうです。
それでも効果が出たので、またしばらく通ったところ、またあるラウンドで突如スムーズなスイングができるようになったのですが、今度は、それが続いたのは3ホールだけだったそうです。
それでもまだしばらく通いましたが、その後はスムーズにスイングできるどころか、さらに悪化してしまった感じがして、そこには通わなくなりました。
その治療(セラピー)の正体は、暗示催眠だった
どんな治療(セラピー)だったのかを伺ったところ、イップスというのは「脳の誤作動記憶」であり、その記憶は意識では修正できず、無意識に働きかける必要がある。
イップスの人の多くは、無意識に体が硬直するところがあるので、そこを探し出し、処置することで無意識に教えることができる。
そのための身体心理的な治療(セラピー)を行うのであり、Wさんの場合は、無駄に足に力が入っていることが多く、それを改善すればイップスも治る。
ざっくり言うと、実際の施術は、手技などで足をほぐすことで、足の力が抜けていくことを実感させるようなセラピーだったそうです。
多くの人は「なるほど、そんなことができるものなのか」と思うだけでしょうが、私はそれで、そのセラピー効果の本質を理解できました。
簡単に言ってしまうと、そのセラピーの治療効果は、暗示催眠です。
暗示催眠が効くイップスと、効かないイップス
イップスを専門に「治療」しているカウンセラーやセラピストは、暗示催眠というメカニズムを上手く利用しています。
ここからは私の個人的見解ですが、このような暗示催眠が効果的なのは、自己暗示型(思い込み型)、および一部のトラウマ型のイップスだけです。
自分の手が動かないと自分に暗示をかけてしまっている多くのアマチュアゴルファーには、その暗示を解くこのようなセラピーで、即効的な効果が出ることは十分に考えられます。
また、プロゴルファーでも、このような暗示型のイップスに陥る人は少なくないので、プロでも短期的に治ることは、少なくないでしょう。
しかし、プロや一部のトップアマチュアが陥る深刻なイップスの原因は、トラウマ型や神経不全型など、いくつかの原因が組み合わさっています。
そのため、このような暗示催眠のセラピーでは必ずしも治療できませんし、実際に治療できた人は多くないと思います。
Wさんが、持続しなかったとはいえ、一時的にスムーズなショットを連続で打てたという事実は、Wさんのイップスの原因のひとつが、やはり自己暗示型であることを物語っています。
プロたちは「治した」のではなく「乗り越えた」
2016年に発売された『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』という書籍は、著名なプロゴルファー3名、プロ野球選手3名が、どのように「イップスを乗り越えたのか」について書かれた本です。
著者はイップスの専門家ではなく、スポーツジャーナリストとして、先入観なく、この問題を抱えるプロアスリートや専門家の話を聞いて、一冊にまとめています。
この本を読んでわかるのは、プロアスリートの本物のイップスは「治る」ものではない、ということです。
この本の登場人物は全員、イップス症状が完全に消えたわけではないものの、何とかプレーを続け、結果を出しました。
イップスを乗り越えるということは、イップス症状がなくなる、治るということではなく、イップス症状とうまく付き合いながら、プレーで結果を出せるようになることなのです。
本物のイップスは、脳の神経障害に近い
これは、「本物のイップスは運動機能の神経障害である」という私の考えに合致します。
脳梗塞で麻痺を起こしてしまった人は、地道なリハビリを通して、新しい神経ネットワークを構築し、体を動かせるようになっていきます。
ある日突然、手術や薬で体が元のように動くようになるわけではありません。もちろん、その脳梗塞がひどければ完全には元に戻らないかもしれませんが、若くして軽い脳梗塞を起こした人で、正しくリハビリを続けた人の多くは、かなり普通に体を動かせるようになります。それほど、脳は柔軟なのです。
つまり、イップスをなかったことにするのではなく、イップス症状を補う何らかの技能や経験を身につけること。それが、イップスを乗り越えるということです。
そこには、本当につらい努力と試行錯誤があったはずです。なにかひとつのセラピーや技能で、本物のイップスが治るものではないのです。
「イップスかもしれない」と思ったら
アマチュアゴルファーのイップスを短時間で改善させる可能性がある方法が、暗示催眠系のセラピーやカウンセリングであることは間違いありません。
ですから、もしイップスかもしれないと思われる方は、「イップスを無意識に働きかけて治療する」といった言葉で検索して専門家を探し、訪ねてみることはありだと思います。
ただし、何回か通ってみて、効果が感じられなければ、早めに見切りをつけることも大事でしょう。
Wさんに起きた、その後の変化
入塾した当時の W さんは、ゴルフコースどころか、練習場でも、フルショットでのダウンスイングができないでいました。
ラウンド途中からボールを完全に打てなくなってしまい、ただ歩いてホールを消化していたそうです。
相当、苦しかったでしょう。
ところがトレーニング開始後、8月にはゴルフ練習場で、そこそこダウンスイングができるようになり、9月上旬に数週間ぶりにラウンドしたところ、最後までラウンドすることができただけでなく、これまで一番ひどかったドライバーで、何発かナイスショットが出たそうです。
そして11月に、石井塾のゴルフ定例会で、私と一緒にラウンドしたときには、途中で何度もダウンスイングをやり直す場面はあったものの、きちんとホールアウトし、しかも決して簡単ではないコースで90台半ばを出していました。
もともと上級者なので、満足のいくスコアでは決してありませんが、色々と試行錯誤して、発見も多かったのでしょう。
そのラウンドのあと、W さんからこんな連絡が届きました。
イップスに苦しんでいた人が、もう一度、早く練習に行きたいと思えるようになる。私は、これこそが乗り越えるということだと思っています。
治すことより、乗り越えること。新しい学びで自分自身と向き合うこと
私にとっては、この「試行錯誤を楽しむこと」が、一番大事なことだと考えています。
イップスは完全になくなるものではなく、新しい技能や経験で補うものです。だとしたら、イップスをただなくすことを目的にしてはいけません。
その過程を楽しみ、何かを学ぶことが大事です。そうでないと、その過程自体がただ辛いだけになり、もし改善しなかったら、意味のないものになってしまいます。
私は、たとえイップスが全く改善しなかったとしても、そこに費やしたお金、時間、エネルギーを、まったく無駄なものにしてしまうようなプログラムは提供したくありません。
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