ゴルフ

イップスの治療と現実 イップスは「治すもの」ではなく「乗り越えるもの」

6月末に入塾したアラフォー経営者W氏。若い頃からゴルフに打ち込み、かなりの上級者でしたが、数年前から、ドライバーのダウンスイングにおいて、自分の意思に反してクラブが下りてこなくなるイップス症状が起こるようになりました。当初はそれをイップスではなく、技術的な問題と認識し、プロのレッスンを受けるなど、技術的な対応で乗り切ろうとしていました。

しかし、それが逆効果となり、徐々に、ドライバーだけでなく、他のクラブでもイップス症状が起こるようになり、ドライバーから9番アイアンにいたるまで、フルショットが必要なほぼ全てのクラブで、ダウンスイングがスムーズにできなくなるようになっていました。途中で技術的な問題ではないと気がついたW氏は、ネットを検索して、技術的にではなく、「身体心理的な対処方法で」ゴルファーのイップスを専門的に治療する専門家をみつけ、セラピーを受けに通うようになりました。

そこでのセラピーを何回か受けたあと、あるラウンドで、W氏は、それまで長くラウンド中に体験したことがないほどのスムーズなスイングができるようになりました。本人はイップスが治ったと大喜びしたそうですが、それが続いたのはハーフまでで、後半は元に戻ってしまったそうです。それでも効果が出たので、またしばらく通ったところ、またあるラウンドで突如スムーズなスイングができるようになったのですが、今度は、それが続いたのは3ホールだけだったそうです。それでもまだしばらく通いましたが、その後はスムーズにスイングできるどころか、さらに悪化してしまった感じがして、そこには通わなくなりました。

どんなセラピーだったのかを伺ったところ、イップスというのは「脳の誤作動記憶」であり、その記憶は意識では修正できず、無意識に働きかける必要がある。イップスの人の多くは、無意識に体が硬直するところがあるので、そこを探し出し、処置することで無意識に教えることができるので、そのための身体心理的なセラピーを行うのであり、W氏の場合は、無駄に足に力が入っていることが多く、それを改善すればイップスも治る。なのでざっくり言うと、実際の施術は、手技などで足をほぐしたりすることで、足の力が抜けていくことを実感させるようなセラピーだったそうです。

多くの人は「なるほどそんなことができるものなのか」と思うだけでしょうが、私はそれで、そのセラピー効果の本質を理解できました。簡単に言ってしまうと、そのセラピーは手技を使った暗示催眠なのです。ネットでイップスを検索してよくヒットする、イップス治療の2名の心理専門職も、ホームページを読む限り、やはり暗示催眠での治療を専門としています。違いは、「手技で体に実際に働きかけるかどうか?」だけです(実際の詳細な手順は違うでしょうが)。

心理学・心理療法の知識のある人は知っているのですが、精神分析や暗示催眠系のカウンセリングでは、現在の「大きな問題」を克服させるために、敢えて「小さな問題」を作りだし、それを「擬似的に克服させる」ことで、大きな問題の克服につなげるという方法が行われています。暗示催眠が効果的なのは、「本当にそうなった!」と実体験させることなので、小さな問題が本当になくなったことを実感させることが大事な部分になります。ゴルフ場でよく実演販売している魔法のブレスレットや、バランスカードなんかも同じことです。

イップス専門に治療している暗示催眠系の専門家は、このようなメカニズムを上手く利用しているのです。

ここからは私の個人的見解ですが、ゴルフイップスの克服ページにも書いたとおり、このような暗示効果が効果的なのは、自己暗示型(思い込み型)、及び一部のトラウマ型のイップスだけです。自分の手が動かないと自分に暗示をかけてしまっている多くのアマチュアゴルファーには、その暗示を解くこのようなセラピーで、即効的な効果が出ることは十分に考えられます。また、プロゴルファーでも、このような暗示型のイップスに陥る人は少なくないので、プロでも短期的に治ることは少なくないでしょう。

しかし、プロゴルファーや一部のトップアマチュアが陥る深刻なイップスの原因は、トラウマ型や神経不全型など、いくつかの原因が組みあっているので、このような暗示催眠のセラピーでは、必ずしも治療できないでしょうし、実際に治療できた人は多くないと思います。実は一緒にゴルフ定例会をやっているXプロもそこに通っていましたが、結局は変化なしだったそうです。

W氏が、持続しなかったとはいえ、一時的にスムーズなショットが連続で打てたという事実は、W氏のイップスの原因のひとつが、やはり自己暗示型であることを物語っています。しかし、Xプロにはそれは起こらなかったという事実は、Xプロのイップスの主原因は、自己暗示型ではない可能性が高いのでしょう。しかし同時に、暗示催眠の効果は、暗示にかかりやすい人と、そうでない人の差が激しく、暗示催眠にかかりにくい人にとっては、このようなセラピー効果は小さいので、純粋にXプロが暗示催眠にかかりにくいのかもしれません(実際にXプロは慎重なので、かかりにくい可能性はあります)。

2016年に発売された『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』という書籍は、著名プロゴルファー3名、プロ野球選手3名が、どのように「イップスを乗り越えたのか」について書かれている本です。著者は、イップスの専門家ではなく、スポーツジャーナリストとして、先入観なく、この問題を抱えるプロアスリートや専門家の話を聞いて、一冊の本にまとめています。

この本を読んでわかるのは、プロアスリートの本物のイップスは「治る」ものではないということ。この本の登場人物は全員、イップス症状が完全に消えたわけではないものの、何とかプレーを続け、結果を出したということです。イップスを乗り越えるということは、イップス症状がなくなる、治るということではなく、イップス症状とうまく付き合いながら、プレーで結果を出せるようになることなのです。

これは、「本物のイップスは運動機能の神経障害である」という私の考えに合致します。脳梗塞で麻痺を起してしまったひとは、地道なリハビリを通して、新しい神経ネットワークを構築し、体を動かせるようになるものです。ある日突然、手術や薬で体が元のように動くようになるわけではありません。もちろん、その脳梗塞がひどければ、長嶋監督のように、完全に元には戻らないかもしれませんが、若くして軽い脳梗塞を起こしたひとで、正しくリハビリを続けた人の多くは、かなり普通に体を動かせるようになります。それほど脳は柔軟なのです。

つまり、イップスをなかったことにすることではなく、イップス症状を補う何らかの技能や経験を身につけるということが、イップスを乗り越えるということなのです。そこには本当につらい努力と試行錯誤があったのだと思います。だからこそ、なにかひとつのセラピーや技能で、本物のイップスが治るものではありません。

6月末に入塾した当時のW氏は、ゴルフコースどころか、練習場でも、フルショットでのダウンスイングができないでいました。5月から7月のラウンドでは、ラウンド途中からボールを完全に打てなくなってしまい、ただ歩いてホールを消化していたそうです。相当苦しかったでしょう。ところがトレーニング開始後、8月にはゴルフ練習場では、そこそこダウンスイングができるようになり、9月上旬に数週間ぶりにラウンドしたところ、最後までラウンドすることができただけでなく、これまで一番ひどかったドライバーで、何発かナイスショットが出たそうです。

そして、先日、石井塾のゴルフ定例会で、私とXプロと一緒にラウンドしたときには、途中で何度もダウンスイングをやり直す場面はあったものの、きちんとホールアウトし、しかも決して簡単ではないコースで90台半ばを出していました。もともと上級者なので、満足いくスコアでは決してありませんが、色々と試行錯誤したり、私からXプロへの指導やアドバイスも観察したりしていて、発見も多かったのでしょう。すごく楽しいラウンドだったし、これからもこの方向性で頑張れそうだというコメントがありました。

私にとっては、この「試行錯誤を楽しむこと」が一番大事なことだと考えています。というのも、イップスは完全になくなるものはなくて、新しい技能や経験で補うものです。だとしたら、イップスをただなくすことを目的としてはダメで、その過程を楽しみ、何かを学ぶことが大事だからだと思うからです。そうでないと、その過程自体は、ただ辛いだけで、もし改善しなかったら意味のないものになってしまいます。

W氏が入塾するときにも、私は「イップスを克服できるかどうかわからないし、時間はかかる。でも、それを目指すことで、色々なことを学び、小さいチャレンジを企画し、それを楽しめるようになれば、結果、イップスを克服できなくても、今後の会社経営や人間関係などにおいて、役立つことは多いはずです」とお伝えしていました。その意味が、今回さらに心からわかっていただけたのではないかと思います。もちろん、このようなアプローチを理解し、プログラムに申し込み、地道に試行錯誤できたW氏だからこそなのですが。

アマチュアゴルファーのイップスを短時間で改善させる可能性がある方法が、暗示催眠系のセラピーやカウンセリングであることは間違いないので、もしイップスかも?と思われる方は、「イップスを無意識に働きかけて治療する」で検索して専門家を探し、訪ねてみることはありだと思います。でも、何回か通ってみて、効果が感じられなければ、早めに見切りをつけることも大事でしょう。

なお、W氏は、私の予想以上に短期間で改善の兆しを見せています。ただ、今後どうなるかは今の段階では分かりません。再び悪化する可能性は十分になります。何事も、望ましい方向へ一直線に進むことは少ないのですから。だからこそ、そんなときに、感情的にそれまでの成果を台無しにしないために、呼吸法やイメージを中心に、感情コントロールを徹底的に教えています。

それでも敢えて、なぜ短期間で変化が起きたのかについて推察すると、呼吸法やイメージの基礎トレーニングのほかに、私がW氏に求めた練習方法の変化にあるのではと考えています。ただ、今の段階では仮説なので公開しません。もう少し検証を重ねてから、報告したいと思います。ただ、万が一、この練習方法の変化がイップスに効果が全くなかったとしても、これを学ぶことは、今後W氏の人生にとって役に立つことは間違いことだけは自信があります。それは、これまで取り組んできた呼吸法にしても、イメージにしてもです。

私はイップスが全く改善しなかったとしても、そこに費やしたお金、時間、エネルギーを全く無駄なものにしてしまうようなプログラムは提供したくありません。

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