およそ20年前にベストセラーとなった心理・自己啓発系の書籍に、『EQ こころの知能指数』(講談社/ダニエルゴールマン著)があります。
40代以上の方であれば、多くの方が知っているでしょうし、少なくても、どこかで「EQ」という言葉を聞いたことがあるかと思います。著者のダニエル・ゴールマンは、ハーバード大学で心理学の博士号を取得している、まっとうな研究者であり、ジャーナリストです。
本はぶ厚く、読破するのは、決して簡単ではありません。そんな本が、当時、日本でミリオンセラー(100万部)になったのは、かなり驚きです。私は10年以上前に読んでいたのですが、先日、この本がとても役に立つと思った、経営者コースのある塾生(大企業の事業本部長)に、この本を紹介しました。
その際、改めて、中身をパラパラとめくったところ、フローに関しての記述を、改めて発見しました。この本に、フローのことが書いてあったことを、正直、覚えていませんでした。
ただ、とてもしっかりした記述であり、わかりやすくまとまっているので、改めて紹介したいと思います。今回は、そのさわりの部分です。
ある作曲家が、仕事が最高にうまく進むときの状態を次のように語っている。
忘我の境地で、自分がそこにいることさえほとんど感じなくなります。こういう状態は、これまで何度も経験しています。指が勝手に動くというか、目の前の出来事が自分とは関係なしに進行していく感じ、かな。私はただそこにすわって、恐ろしいような不思議な気持ちで見守っているだけです。メロディーが自然に出てくるんですよ。
これとそっくりな話を、何百人という男女が語っている。ロック・クライミング専門家、チェスのチャンピオン、外科医、バスケットバール選手、エンジニア、経営者。事務所の文書整理係も。いずれも自分の得意な分野で最高の調子が出た時の話だ。(中略)運動選手のあいだでは、この状態を「ゾーン」と呼んでいる。素晴らしいプレーが自然に生まれ、プレーに集中する絶頂感のなかで、観客も競争相手も目にははいらなくなる状態だ。
「フロー」のとき、人は自分の行為に完全に没入し、全ての注意を一点に集中させ、意識と行動が渾然一体となっている。考えすぎは「フロー」の妨げになる。「うまくいっているぞ」と意識すること自体が「フロー」の魔法を破ってしまう。注意はただ一点に集中するので、時間や場所の観念を失い、現在進行中の仕事に関係する狭い範囲だけが知覚の対象になる。
手術が終わったとき、その外科医は手術室の床にがれきが落ちているのを目にして何が起きたのかと周囲のスタッフに尋ねた。そして、自分が手術に集中していたあいだに天井の一部が崩落する事故があったのだと聞いてびっくりした。全然気づかずにいたのだ。
余計なことを考えていない、余計なことの意識がないのが、フロー(ゾーン)の大きな特徴です。上記にあるように、プラス思考やポジティブなセルフトークすら、本当のフロー状態では起こらないものです。
先月の、錦織選手のATPファイナル準決勝で、解説の松岡修三氏は、「スーパーゾーンで、ジョコビッチ選手を破ってほしい」と連呼していましたが、もし選手本人が、ゾーンに入りたい、ゾーンで勝ちたいなどと考えてしまったら、それはゾーンの入口を、自分で塞いでしまうことになりかねないのです。
ただ、上記の記述の中で誤解があるのは、「注意はただ一点に集中」という部分です。
フロー状態では、「注意は漠然と全てに開かれている」という説明のほうが、より正確です。
だからこそ、何が起こってもすぐに対応できるのです。
まだ他にも参考になる記述がいくつかあったので、これから何回かに分けて、紹介していきたいと思います。